2012年1月29日 (日)

推理

梅原猛『神々の流ざん』(集英社文庫)を読みました(「ざん」の字がパソコンで出てきません)。梅原氏の「推理」は古代史を考える上で大事な手法だと思います。今回も出雲神話の正体についての氏の考え方にすっかり納得させられてしいました。ヤマタノオロチと三輪山に結びつけたり、因幡の白兎と沖ノ島を関連させたりする氏の推理はいままでもやもやしていた神話の世界をスッキリわかりやすく見せてくれます。ただ、後半の稗田阿礼=藤原不比等説はいまいち納得できません。記紀が藤原氏の藤原氏による藤原氏のための書物であることはさまざまな状況証拠で明らかだとは思いますが。

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2012年1月25日 (水)

淡路島

井上宏生『日本神話の神々』(祥伝社新書)を読みました。著者は「神」の話を身近にしようとして神様の有り様を会社の人事に例えたりしているのですが、いまいちピンときません。しかも、あちこちにうす甘いサヨク的な言説が見られて底が浅い感じがします。なお、淡路島にある神社の紹介は興味津々でした。行ってみたいです。

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オオカミ

水谷千秋『謎の渡来人 秦氏』(文春新書)を読了。著者・水谷氏のものは3冊目となります。渡来人と言えば、東漢氏と並んで秦氏は日本の古代史を作ってきた重要な氏族です。東漢氏は裏側から政治の世界に暗躍してきました。それに比べ、秦氏はむしろ政治の表舞台にはあまり立たず、土着の豪族として「ものづくり」などに大きな影響を与えてきた一派と言えるのだそうです。二匹のオオカミ伝説や聖徳太子に使えた秦河勝の生涯などにも謎が多く、興味は尽きません。

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2012年1月23日 (月)

フム?

ベルトルト・ブレヒト作、千田是也訳『三文オペラ』(岩波文庫)を読みました。つまらないお話です。これってかなり有名なものなので読んでみましたが、何が面白いのかさっぱりわかりません。解説を読んでもわかりません。難解ってわけでもないし。資本主義社会への皮肉みたいなことだとしたら、ちょっとはフム?と思いますが、それにしてもねえ。社会主義思想の崩壊はこうした有名な戯曲の内容さえも陳腐なものにしてしまったのでしょうか。

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入鹿

水谷千秋『謎の豪族 蘇我氏』(文春新書)を読みました。蘇我氏ってどうしても「悪者」イメージが付きまといますよね。これは教科書の影響が大きいわけですが、そもそも「日本書紀」が元になっていますからなかなか拭えないです。これまで読んだ古代史関係の本でも蘇我氏悪者説は注意の必要あり、といろいろ書かれていました、本書はその悪者説を完全に払拭してくれました。とくに蘇我入鹿のイメージはかなり大きく変化しました。この人は優秀な政治家だったようです。大王家の繁栄は蘇我氏に近づくことで保証されたという視点が参考になりました。

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魑魅魍魎

幸田露伴『五重塔』(岩波文庫)を読みました。文語体ですが、決して読みにくいということはありません。職人の世界を描いたいいお話です。ラストの暴風雨の場面はちょっとページを割きすぎではないかと思うほど力が入っています。しかも、暴風雨の描写というよりも魑魅魍魎が跋扈する異様な世界を描いていると言ったほうが適切なぐらい違和感のある場面なのです。ここまでこの場面に力を入れなければならないその意図が理解し切れないのですが、もしかしたら当時の日本人作家は内面描写のようなものがまだ書けなかったのかもしれません。

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2012年1月22日 (日)

権力闘争

梅原猛『飛鳥とは何か』(集英社文庫)を読みました。梅原古代史はやっぱり面白いです。飛鳥は渡来人の東漢氏の拠点であり、この氏族と結びたいという思惑を持つ豪族が飛鳥を「中心地」としたい、と考えた。さらに、こうした集団のパワーから抜け出たいと考える一派は飛鳥から離れようとする。「場」をめぐる権力闘争がここでは行われているというわけですね。「飛鳥」という言葉の響きには何か郷愁のようなものを感じますが、じつは血なまぐさい臭いのする言葉でもある、ということのようです。

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2012年1月17日 (火)

編集力の障害

ニキ・リンコ『俺ルール!自閉は急に止まれない』(花風社)を読みました。前回に引き続き、職場の同僚が貸してくれた本です。この中にある、大雨の日でも水やり当番をして怒られた話やファスナーにYKKの文字がないだけでパニックになってしまう話は典型的なものです。信じられないような感覚なのですが、「編集力の障害」というニキさん自身が述べている分析を冷静に踏まえるとだんだんわかってきます。不謹慎ではありますが、読み物としても面白い一冊です。

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2012年1月16日 (月)

ナウル

リュック・フォリエ『ユートピアの崩壊 ナウル共和国』(新泉社)を読みました。このナウル共和国は世界一裕福な国から世界一の貧乏国に転落した歴史を持ちます。それもわずか30年ぐらいの間にです。なぜ、こんなことになってしまったのか?それは本書を読めばわかります。人間は一度、楽な生活の味を知ってしまうとここまで堕落してしてしまうものなのか・・・と愕然とします。また、隣近所が知り合いだあることのよさはあくまで日常生活の範囲の話であって、これがナウルのように公の政治の中に持ち込まれると誰もチェックできない最悪の政府が何十年も続きます。この国の失敗から学ぶべき事は山のようにありますね。

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2012年1月14日 (土)

朝鮮仏教

田村圓澄『古代朝鮮と日本仏教』(講談社学術文庫)を読みました。仏教はインド・中国・日本の三国のつながりから語られることが多い。しかし、じつはわが国は朝鮮仏教の影響が非常に大きく、ここを抜きにして日本の仏教を語ることはできないというのが著者の主張です。アマテラスの「光る」イメージは仏像からヒントを得ている?、聖徳太子の師は高句麗僧や新羅僧であった事実、行基が当時の僧たちに支持されたのは新羅の元暁がモデルだったから・・・などなど古代史を見る視点が広がります。

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