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2009年9月

2009年9月26日 (土)

アリストテレス

アリストテレス『詩学』(岩波文庫)を読みました。これがいわば人類初の批評・評論と言っていいようです。アリストテレスは、悲劇・喜劇・叙事詩などはすべて「再現」なのだと言います。特に、悲劇は「筋」が最重要(ちなみに2番目が人物性格、3番目は思想、4番目は語法)である、なぜなら、悲劇は人間を再現するのではなく、行為と人生の再現だからだ、と言っています。ところで、詳しいことは分かりませんが、ここでアリストテレスが言う悲劇とか喜劇は現代の私たちが理解しているものとは違います。それから劇のことを今もドラマと言いますよね。悲劇や喜劇のことをドラーマと呼ぶそうなのですが、これは行為する(ドラーン)者を再現するという意味だそうです。なお、この岩波文庫にはホラーティウスの『詩論』というのも入っているんですが、疲れちゃたのでこれは読んでいません。

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対概念

西郷竹彦『名句の美学 上』(黎明書房)を読了。俳句というこの短い文芸も氏の文芸学を使って読めばその感動を説明できるというわけです。氏の分析は「内の目・外の目」「卑俗と超俗」「日常と非日常」「意味の二重性」などすべて対概念で行われます。確かに、こうした対となる概念で句を詠むと一方的な「読み」にならず、包括的にかつ深く感じ取ることができますね。が、ときどきその分析手法がうまくあてはまらなかったり強引に感じるときもあります。

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言葉と心・身体

小浜逸郎『言葉はなぜ通じないのか』(PHP新書)を読みました。氏の著作は平易な文章で読みやすく、親近感を覚える文体です。たぶん、塾の講師などで中学生に教えていた経験などがあるからだと思います。この言語に関する本も同様です。時枝誠記や吉本隆明、ハイデガーなどの論をわかりやすく解説しています。これは正確に読めてはいないかもしれませんが・・・言語の理解は人間の主体的な「情」の部分にかなり大きなウエイトがあるというところが印象に残りました。また、言葉は必ず自分の身体的なものをなぞらないと理解できないという考え方もさらに考えてみたい問題です。

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2009年9月24日 (木)

フランケンシュタイン

廣野由美子『批評理論入門』(中公新書)を読了。大きく2章に分かれています。前半は小説技法編、後半は批評理論編です。前半は「語り手」「焦点化」「提示と叙述」など小説の分析に必要な技法の解説が行われています。後半はこれまでの小説批評の歴史がわかりやすくまとめられています。なお、この本の副題は「『フランケンシュタイン』解剖講義」となっています。あの有名な怪奇小説を一貫して素材にして以上の内容を解説しているんです。ここがわかりやすいし、面白いんです。フランケンシュタインの原作って映画なんかとはかなり違います。そもそも、フランケンシュタインは怪物を作った人の名前だし、この人は博士なんかではなくアマチュアの科学マニアなんです。しかも、怪物は自分で字を学び、本を読んで議論もできるんです。知ってました?

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2009年9月22日 (火)

ごんの洞穴と裏手

府川源一郎『「ごんぎつね」をめぐる謎』(教育出版)を読了。一気読みでした。それほど、面白くそして読みやすくわかりやすい文体でした。新美南吉の代表作をさまざまな角度から分析し、国語教育への課題を明示しています。この物語のそもそもの出自や改作の問題、教科書での扱われ方など興味深いエピソードが満載です。しかし、なんといっても刺激的なのは5章のこれまでの授業実践の系譜と6章の氏独自の読みの公開でしょう。氏はごんが住んでいる「あな」が象徴しているものと兵十たち表社会と対置されるごんの裏社会との関係性に着目しています。これは今まで気づかなかった視点でした。新鮮な発見です。自分の「ごんぎつね」の読みが深まりました。

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虚構の美

西郷竹彦『名詩の美学』(黎明書房)を読みました。西郷氏の文芸分析の指標は「虚構の美」です。これは「現実をふまえて現実を超えるもの」を「虚構」と名付け、文芸の美はこの「虚構の美」と考える見方です。氏は独自の分析手法でさまざまな詩を読み解いていきます。この分析の見事さは唸ります。自分もこのように文章を読めるようになりたいものです。が、分析している19編うち見事に分析して見せているのは最初の10編だけです。残りの9編はやや低調。もっと詳しい分析を読みたかった、というのが私の本音です。で、あと21編の詩をダイジェストで紹介していますが・・・これはいらないでしょう。

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2009年9月21日 (月)

またソシュール

町田健『コトバの謎解き ソシュール入門』(光文社新書)を読みました。ソシュール関連の本は4冊目なので、さすがにだんだん理解が速くなってきました。独特の用語もほぼわかります。こうして同じテーマの本を読んでいると理解の浅いところが少しずつ補完されていきます。今回は「連辞関係・連合関係」の説明がわかりやすかったです。著者が、連辞は構造で連合は体系なのだと言い切ってくれたので腑に落ちました。この本は入門書なのですが、ソシュール理論の問題点にも触れていてその点に関する著者の意見も盛り込まれています。いわゆる入門としては、前回に読んだ加賀野井氏の著書の方に軍配を上げますが「2冊目に読む入門書」としてこの本も有意義でした。

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ソシュール理論

加賀野井秀一『知の教科書 ソシュール』(講談社選書メチエ)を読みました。前回読んだ丸山氏の本はやや難しかったのですが、今回のは入門書なので非常にわかりやすいです。あの独特なソシュールの言葉もかなり整理できました(と思っている)。で、さらに第3章でその後のソシュール研究もわかりやすく解説してくれていて、私としてはここがすごく面白かった。とくに、ソシュール理論を応用したレヴィ=ストロースの近親婚タブーの研究やロラン・バルトの文学研究のポイントがよーくわかりました。頭のいい人はすごいですね。新たな概念をつかむとそれを具体的で複雑な現実に応用してきれいに説明してしまうんですから。

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2009年9月19日 (土)

心象スケッチ

吉本隆明『宮沢賢治』(ちくま学芸文庫)を読了しました。吉本隆明も賢治に「やられた」一人だったんですね。内容は「手紙で書かれた自伝」「父のいない物語・母のいる物語」「さまざまな視線」「銀河鉄道の夜の方へ」「喩法・段階・原型」「擬音論・造語論」など魅力的なテーマばかりです。が、やはり難しいなあ。こういう哲学者とか詩人の書く文章は難解です。ですから、勝手に分かった気にならないと読んでもさっぱりです。ですから、部分的に分かった気になることにしています。氏の解説で、ちょっと納得したのは賢治の言う「心象スケッチ」というのは自然の情景を見ながら、そこに二重写しみたいになった心のイマジネーションを重ね合わせて表現したものではないか・・・という箇所です。「心象スケッチ」の意味がちょっと分かった気になりました。

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2009年9月18日 (金)

ものがたり

玉上琢弥『源氏物語音読論』(岩波現代文庫)を読了。「本を読む」という行為が現代と昔とではまったく違うということがわかります。今は、作者と読者の2つの関係ですが、平安時代頃までは3つの関係で成り立っているんです。作者・読み手・聞き手です。作者がいるのは今と同じですが、実は聞き手であるお姫様にこの本を読んで聞かせる女房が間に入るのです。ですから、読者は読み手である女房と聞き手であるお姫様です。が、同時に女房はこの本の内容を音読する演出家でもあります。こういう複雑な関係のなかで「本を読む」という行為が行われていたというわけです。だから、「ものがたり」なんですね。しかも、この演出家である女房の音読はかなり重要なものだったということです。うーん。興味深い。

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2009年9月16日 (水)

焦風を探る

小西甚一『日本文藝の詩学 分析批評の試みとして』(みすず書房)を読了しました。アメリカで生まれた文芸批評の方法であるニュークリティシズム(分析批評)の概要を紹介し、とくに松尾芭蕉と三島由紀夫の作品を解説しています。が、いささか拍子抜けだったのは作品そのものを分析してみせるはずの分析批評なのに、この本ではそれが全然見られないのです。内容のほとんどは、芭蕉の句はある時期より「描写型」へと変化しているが、それは唐詩の影響や禅の思想が大きく影響しているという論です。これはこれで面白いんですが・・・どこに分析批評が使われているの?と少々肩すかしでした。

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2009年9月 9日 (水)

ラング・パロール・シーニュ

丸山圭三郎『ソシュールを読む』(岩波セミナーブックス2)を読了。面白かった~。だけど疲れた。そして難しい。この世の不思議を垣間見ることができた充実感も在ります。言葉ってなんと面白いものなのでしょうか。ソシュールの理論に触れたければ、ランガージュ、ラング、パロール、シーニュ、シニフィアン、シニフィエ・・・これらの概念をまず理解しなければなりません。さらにこれらの複雑な関係も追う必要があります。今回は、ま、ソシュールにちょっとさわってみた・・・という感じでしょうか。いまはもう少々「わかりたいなあ」という前向きな気分です。文章をスパッと理解できる切れる頭脳が欲しいです。

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2009年9月 6日 (日)

作家と作品

井上ひさし・こまつ座『宮沢賢治に聞く』(文春文庫)を読みました。明るい宮沢賢治論です。このまま教科書に載せてもいいかも、と思うほどかなり宮沢賢治をよいしょしていますね。氏は賢治にかなりの思い入れがあるようです。少年時代に買った最初の本が「どんぐりと山猫」」であるとか、野球チームのエースだった著者が、偶然にも賢治の生家付近を訪れて興奮して見て回っているうちに試合が終わってしまっていたとか、こうしたピソードがそれを物語っています。井上氏は言います。作家と作品を分けて議論するのが嗜みだとはいえ、宮沢賢治の場合は作家の人生を知れば知るほどその作品がますます面白くなる・・・。

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2009年9月 5日 (土)

リズム

ハーバート・リード、田中幸穂訳『散文論』(みすず書房)を読みました。読みづらい。訳がわかりにくいし、例文がすべてイギリス文学からなのでその和訳を読んでもどうも論旨が頭の中で一致しません。もちろん、英語の原文がわかれば理解できるんでしょうが・・・・結局、よくわからないまま読み終えてしまいました。何回読んでも頭に入ってきません。著者が文、文章、段落などすべての要素でリズムを重視していることはなんとなくわかりましたが・・・。

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