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2009年11月

2009年11月23日 (月)

だれに

竹内敏晴『日本語のレッスン』(講談社現代新書)を読了。一気読みでした。面白いし、声の本質をまた違った面から気づかせてくれます。氏の「声」についての最も重要なキーワードは「誰に対して」という他者意識です。「声」は相手がいないと成立しないということをたびたび強調しています。引用します。「表現するという行為は内的に「感じとる」ことではない。声によって外に他者と共有するこの目の前の空間にくっきりと存在しないものを創り出すことを言うのだ」。抽象的な表現ですが、分かる気がします。「ぞうさん」「ぼくらはみんな生きている」「まっ赤な秋」などレッスンで使っているいろいろな童謡や短詩も氏の鋭い読みで読み直すと目からウロコでした。

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作家・作品・読者

H・R・ヤウス『挑発としての文学史』(岩波現代文庫)を読了。そもそも難しいのか、和訳が下手なのか・・・読みずらいったらありゃしません。全編わかりにくいんですが、さらにどうにも理解不能な箇所がいくつもあって困りました。分かったふりして読むしかありません。これはいわゆる「読者論」のパイオニアとなる人の著作らしいんです。これまでの文学史研究の問題点を問い直し、そこから文学史の方法を「読者論」へと転換させる論を進めています。その中にそれまで作家オンリーだった分析対象に読者も積極的に位置づけ、文学そのものに文学以外の外部的な要素をもう一度加えて見直そうという試み・・・たぶんそんなことが書いてあります。

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2009年11月21日 (土)

読者論と説明文

井上一郎『読者としての子どもと読みの形成』(明治図書)を読みました。いわゆる読者論の立場に立っての国語教育について言及しています。その意義はよく伝わってきますが、どうも実践レベルの話になるとハテナ?です。読書論による「読み」の学習とそうでない「読み」の学習は何がどう違うのでしょうか?よくわかりません。いつもこのへんが曖昧なままのようです。さて、氏は物語文だけでなく説明文にも読者論による読みの変革が必要だと言います。確かに「書かれたもの」として両者に違いはありませんからね。ここはちょっと考えさせられました。

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2009年11月16日 (月)

夏目漱石②

夏目漱石『門』(新潮文庫)を読み終わりました。これは『それから』の「それから」という位置づけの作品です。そもそも『それから』は『三四郎』の「それから」なので、この3作品は連続的なテーマで結びつけられます。『それから』に比べて情景描写が細かくて、ストーリーの展開が非常にスローです。やや緩慢にも感じます。主人公があまりにも人生に後ろ向きなもんで読んでいてため息が出ます。読むのは2回目なんですが、この物語の最後はお寺に行ってそこで終わったかのように記憶していました・・・が、違ってました。けっこう忘れてます。

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2009年11月15日 (日)

「ことば」と「からだ」

竹内敏晴『ことばが啓かれるとき』(思想の科学社)を読了しました。なお、タイトルの「啓く」は実際は違う漢字です。「手書き」で検索しても出てこなかったので「啓」を当ててあります。すいません。この著者のものは以前にも読んだことがあるのですが、そのときは何が書いてあるのかよくわからなかったんです。が、今回この本を読んで著者の半生を知り、氏がいかに「ことば」と「からだ」に研ぎ澄まされた感性を持っているかを理解することができました。「からだ」の歪みは「ことば」に現れ、性格が「「ことば」に出てくる・・・これは私にも日常的に感じられることです。が、明確にそれを指摘したりできるものではなくあくまで「感じ」でしかありませんが、氏はそこを自分の体に感じて鋭く把握することができるようです。

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2009年11月10日 (火)

三人称

千葉一幹『賢治を探せ』(懇談社選書メチエ)を読みました。この著者の本は以前にも読みました。わかりやすく面白い本でした。どうやら、こちらが「元」のようです。賢治の作品を「見られる者」「まことのことば」「貨幣」・・・そしてこれらを包括する概念として「三人称」というキーワードで読み解きます。賢治の初期作品の短歌がほぼ「見られる者」の視点で詠まれていることや童話集『注文の多い料理店』の前文への賢治の思いなどを起点に始まり、最後は「銀河鉄道の夜」の主人公たるジョバンニの「成長」を終着点にしています。氏の評論を読んでいると学習のアイデアや授業の落としどころがなんとなくつかめてきます。

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2009年11月 8日 (日)

言語の謎

竹田青嗣『言語的思考へ』(径書房)を読みました。難しいですが、著者の論の進め方が丁寧なのでゆっくり読み進めば理解が困難ということはありません(ただし、最後の章は現代哲学のいくつかの知識がない私には苦しいですね)。さて、この本の主な内容は「言語」のもつ2つの謎・・・「多義性」と「決定不可能性」の解明が主たる内容です。この謎の解明のために250ページぐらい使ってるんですよ。キーワードは言語の「信憑関係」、「現実言語」と「一般表象」のちがい、ハイデガーの存在論と「了解」です。こうした言葉を並べても意味はわかりませんよね。それにしても、哲学者の頭の構造ってどうなっているのでしょうか。論理の破綻を見つけて、新しい概念を生み出してそこを埋めるというような作業を自分の頭の中でやってわけで、ちょっと尊敬します。

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2009年11月 7日 (土)

玉石混淆

田近洵一編『国語教育の再生と創造』(教育出版)を読了。国語教育のさまざまな分野から現時点(とは言っても10年前のものなので現時点という言い方は間違いですが・・・)での問題点の整理と次の課題をまとめた論考を集めています。17ある論文の中で、とくに大内善一氏の作文教育をテーマにしたものがわかりやすくかつ興味深いものでした。中にはまるで意味不明の文章もあるので全体としては玉石混淆ですね。国語教育のそれぞれの分野の課題がつかめるので勉強になりました。

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2009年11月 4日 (水)

ボスはいた

西田良子編著『宮沢賢治「銀河鉄道の夜」を読む』(創元社)を読了しました。この本は「銀鉄」が好きな人にはお勧めの一冊です。かなりボリュームがあるのですが、第1章では4バージョンあるこのテクストの第3次稿と第4次稿を上下に並べてよめるようしています。これは親切です。そして第2章ではさまざまなテーマで物語の分析を行っています。各テーマとも魅力的なもので、筆者たちの誠実さを感じます。気取った言葉や難解な言葉がありません。好感が持てます。さらに面白いのは1章と2章の間にあるコラムです。「銀鉄」に出てくるさまざまなアイテムの解説が付いているんです。しかも、科学的実証的にです。とくに「天気輪の柱」「チョコレート」「コンデンスミルク」「西洋野菜」が興味深かったのですが、なんと言っても「ボスは本当にいた!」は衝撃でした。本当に実在したんですね。しかも、今もミュンヘンの動物園にいるんですって!

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2009年11月 3日 (火)

境界線の教材

町田守弘『国語科授業構想の展開』(三省堂)を読了。著者は高校の国語の先生です。面白いアイデアが満載で、氏の日頃からの目配りのすばらしさに感服です。とくに、サブカルチャーと呼ばれる分野の教材化はスゴイですね。歌詞、CM、HP、メールなど・・・どれもちょっとした視点の組み替えで面白い教材になります。氏はこれを「境界線の教材」と呼んでいます。また、「にほんのうた」を古典の導入として意識した実践や対話劇の導入などその他にも参考になる報告がいろいろあります。刺激の多い実践報告集でした。

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2009年11月 2日 (月)

読者論

関口安義『国語教育と読者論』(明治図書)を読みました。「読者論」の基本文献やこれが国語教育界に持ち込まれていくその背景がよく分かりました。ここに紹介されている文献は読んでいきたいと思います。ただし、関口氏の論はいまいち説得力に欠ける気がします。とくに、現状の分析は安易に受験体制のようなものに責任を負わせているだけのように感じます。もう少し、精緻な分析が必要かと思います。後半の教材分析集は参考になりますが、これといって「読者論」が反映されているとは思えませんでした。

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